「水鳥の足」(うきたる世・若宮誕生)テスト対策
では、今回の『紫式部日記』「水鳥の足」において、テストに出そうな内容にできるだけ絞ってお話しましょう。テスト対策は次のような流れで行うとよいでしょう。このサイトは下記の流れで解説をしています。
テスト直前でもすべきことの基本は、「本文を読むこと」です。これまで学習した内容をしっかり思い出しながら読みましょう。
古文の問一は「よみ」の問題であることが多いですね。出題されるものは決まっているので、ここで落とさないように、しっかり確認しておくことです。
「どのような話」か、簡単に説明できる状態にしましょう。
ここでのメインになります。古文はどうしても「知識」を問う必要があるので、問われる箇所は決まってきます。それならば、「よく問われる」出題ポイントに絞って学習すれば、大きな失点は防げそうですね。このサイトでは「よく問われる」箇所のみを説明していますので、じっくり読んでみてください。
いわゆる「文学史」の問題です。テスト対策としては、それほど大きな点数にはならないのですが、確実に得点したいところです。
本文読解の一問一答を解答し、古典文法の問題を解答します。文法の問題は必ず出題されます。それは、直接「動詞の活用」や「助動詞の意味」を問うような問題だけでなく、現代語訳や解釈の問題などでも出題されます。必ず問題を解いて、できるようになっておきましょう。「スマホで学ぶ古文」は文法事項の説明も充実しているので、詳しく知りたいときは、ぜひそれぞれの項目に進んで学習してみてください。
本文の確認
テスト直前でもすべきことの基本は、「本文を読むこと」です。これまで学習した内容をしっかり思い出しながら読みましょう。「テスト対策」はあえてふりがなをつけていません。不安な場合は、「読解のコツ」の「本文を読む」で確認してみてください。
行幸近くなりぬとて、殿のうちをいよいよつくろひみがかせ給ふ。よにおもしろき菊の根をたづねつつ、掘りて参る。いろいろうつろひたるも、黄なるが見どころあるも、さまざまに植ゑたてたるも、朝霧の絶え間に見わたしたるは、げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや、まして、思ふことの少しもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし、若やぎて、つねなき世をも過ぐしてまし、めでたきこと、おもしろきことを見聞くにつけても、ただ思ひかけたりし心のひくかたのみ強くて、もの憂く、思はずに、嘆かしきことのまさるぞ、いと苦しき。いかで、今はなほもの忘れしなむ、思ふかひもなし、罪も深かなりなど、明けたてばうちながめて、水鳥どもの思ふことなげに遊びあへるを見る。
水鳥を水の上とやよそに見む我もうきたる世を過ぐしつつ
かれも、さこそ心をやりて遊ぶと見ゆれど、身はいと苦しかんなりと、思ひよそへらる。
(『紫式部日記』より)
読みで問われやすい語
青線部の読みができるようになっておきましょう。
- 行幸近くなりぬとて、
解答はこちら(タップで表示)
「行幸」は「ぎょうごう(ぎょうこう)」です。「行幸」については、こちらもご覧ください。
あらすじの確認
・道長邸への天皇のお出ましが近づいているので、屋敷を美しく手入れさせている。
・美しい根株のある菊の花を探し出しては、掘って献上する。
・様々な菊を見て、若返りそうな気がするのに、つらく嘆かわしいことが勝って苦しい。
・物思いが人並みでないので、風流に振る舞ったり、若々しく無情なこの世を過ごすことができない。
・趣深いことを見聞きしても出家の思いが心を引きつける。
・そのような思いを忘れてしまおうと夜明けに外を眺めると水鳥が遊んでいる。
・水鳥に自分の思いを重ね合わせる歌を詠む。
・水鳥も気ままに遊んでいるように見えるが、水の中では苦しいのだろうと自分をなぞらえる。
出題ポイント
以下の5項目が何も見ずに訳すことができるか。確認してください。
- 黄なるが見どころあるも、
- げに老いもしぞきぬべき心地するに、なぞや、
- 思ふことの少しもなのめなる身ならましかば、すきずきしくももてなし、若やぎて、つねなき世をも過ぐしてまし
- いかで、今はなほもの忘れしなむ、思ふかひもなし、罪も深かなり
- 水鳥を水の上とやよそに見む我もうきたる世を過ぐしつつ
文学史・文学作品の確認
今回の「水鳥の足」は『紫式部日記』の一節です。『紫式部日記』は、ジャンルとしては「日記」(仮名日記)に位置づけされます。
作者は紫式部です。中宮彰子の出産の記録を中心に、同僚の人物や中宮(皇后)定子に仕える清少納言の人物像や宮廷生活での自身の苦悩が描かれています。
中宮彰子とは、藤原道長の娘である彰子のことで、一条天皇の中宮となります。一条天皇の中宮としてはすでに藤原道隆の娘である定子がついていましたが、当時すでに権力を握っていた父藤原道長が一帝二后の制を始めて、定子を皇后に、彰子を中宮にします。これが長保元(999)年彰子が女御として入内した翌年のことです。その後、皇后定子は亡くなり、彰子が名実ともに中宮として一時代を築いていきます。
さて、『紫式部日記』に戻ります。これは全2巻で紫式部が中宮彰子に仕えた寛弘五(1008)年秋から寛弘七(1010)年正月までの記録です。中宮定子が実家道長邸で出産する記事から始まって、宮廷の儀式や風俗などを記しています。さらに、消息文(手紙風の文章)では、同僚の女房(和泉式部や赤染衛門など)や清少納言らへの批評などを記します。その他にも処世訓や芸術観などが見られます。
このような華やかな宮廷生活の裏で、それに馴染めない作者の苦悩が読み取れる作品です。

練習問題(一問一答&文法問題)
では、上記の内容が本当に理解できたか、実際に問題を解きながら確認してみましょう。
おわりに
今回は『源氏物語』の作者の日記『紫式部日記』「水鳥の足(うきたる世)」を読んでいきました。『紫式部日記』は有名な女流日記文学作品です。ですので、大まかにでも内容を知っておく必要があります。
読んでいただきありがとうございます!
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