「和泉式部と清少納言」(同僚女房評)テスト対策
では、今回の『紫式部日記』「和泉式部と清少納言」において、テストに出そうな内容にできるだけ絞ってお話しましょう。テスト対策は次のような流れで行うとよいでしょう。このサイトは下記の流れで解説をしています。
テスト直前でもすべきことの基本は、「本文を読むこと」です。これまで学習した内容をしっかり思い出しながら読みましょう。
古文の問一は「よみ」の問題であることが多いですね。出題されるものは決まっているので、ここで落とさないように、しっかり確認しておくことです。
「どのような話」か、簡単に説明できる状態にしましょう。
ここでのメインになります。古文はどうしても「知識」を問う必要があるので、問われる箇所は決まってきます。それならば、「よく問われる」出題ポイントに絞って学習すれば、大きな失点は防げそうですね。このサイトでは「よく問われる」箇所のみを説明していますので、じっくり読んでみてください。
いわゆる「文学史」の問題です。テスト対策としては、それほど大きな点数にはならないのですが、確実に得点したいところです。
本文読解の一問一答を解答し、古典文法の問題を解答します。文法の問題は必ず出題されます。それは、直接「動詞の活用」や「助動詞の意味」を問うような問題だけでなく、現代語訳や解釈の問題などでも出題されます。必ず問題を解いて、できるようになっておきましょう。「スマホで学ぶ古文」は文法事項の説明も充実しているので、詳しく知りたいときは、ぜひそれぞれの項目に進んで学習してみてください。
本文の確認
テスト直前でもすべきことの基本は、「本文を読むこと」です。これまで学習した内容をしっかり思い出しながら読みましょう。「テスト対策」はあえてふりがなをつけていません。不安な場合は、「読解のコツ」の「本文を読む」で確認してみてください。
和泉式部といふ人こそ、おもしろう書きかはしける。されど、和泉はけしからぬかたこそあれ、うちとけて文はしり書きたるに、そのかたの才ある人、はかない言葉のにほひも見え侍るめり。歌はいとをかしきこと。ものおぼえ、歌のことわり、まことの歌詠みざまにこそ侍らざめれ、口にまかせたることどもに、必ずをかしき一ふしの目にとまる、詠みそへ侍り。それだに、人の詠みたらむ歌、難じことわりゐたらむは、いでやさまで心は得じ、口にいと歌の詠まるるなめりとぞ、見えたる筋に侍るかし。恥づかしげの歌詠みやとはおぼえ侍らず。
清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人。さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほども、よく見れば、まだいと足らぬこと多かり。かく、人にことならむと思ひ好める人は、必ず見劣りし、行く末うたてのみ侍れば、艶になりぬる人は、いとすごうすずろなる折も、もののあはれにすすみ、をかしきことも見すぐさぬほどに、おのづからさるまじくあだなるさまにもなるに侍るべし。そのあだになりぬる人の果て、いかでかはよく侍らむ。
(『紫式部日記』より)
読みで問われやすい語
青線部の読みができるようになっておきましょう。
- 和泉式部といふ人こそ、
- うちとけて文はしり書きたるに、
- そのかたの才ある人、
- 難じことわりゐたらむは、
- 真名書き散らして侍るほども、
- 行く末うたてのみ侍れば、
- 艶になりぬる人は、
解答はこちら(タップで表示)
「和泉式部」は「いずみしきぶ」、「文」は「ふみ」、「才」は「ざえ」、「難(じ)」は「なん(じ)」、「真名」は「まな」、「行く末」は「ゆくすえ」、「艶(に)」は「えん(に)」です。すべて現代仮名遣いで示しています。
あらすじの確認
「読解のコツ」記事にある
・【和泉式部評】のまとめ
・【清少納言評】のまとめ
をそれぞれご覧ください。
出題ポイント
以下の項目が何も見ずに訳すことができるか。確認してください。
- 【和泉式部評】について
- 清少納言こそ、したり顔にいみじう侍りける人
- さばかりさかしだち、真名書き散らして侍るほど
- 行く末うたてのみ侍れば
- おのづからさるまじくあだなるさまにもなるに侍るべし
文学史・文学作品の確認
今回の「和泉式部と清少納言」は『紫式部日記』の一節です。『紫式部日記』は、ジャンルとしては「日記」(仮名日記)に位置づけされます。
作者は紫式部です。中宮彰子の出産の記録を中心に、同僚の人物や中宮(皇后)定子に仕える清少納言の人物像や宮廷生活での自身の苦悩が描かれています。
中宮彰子とは、藤原道長の娘である彰子のことで、一条天皇の中宮となります。一条天皇の中宮としてはすでに藤原道隆の娘である定子がついていましたが、当時すでに権力を握っていた父藤原道長が一帝二后の制を始めて、定子を皇后に、彰子を中宮にします。これが長保元(999)年彰子が女御として入内した翌年のことです。その後、皇后定子は亡くなり、彰子が名実ともに中宮として一時代を築いていきます。
さて、『紫式部日記』に戻ります。これは全2巻で紫式部が中宮彰子に仕えた寛弘五(1008)年秋から寛弘七(1010)年正月までの記録です。中宮定子が実家道長邸で出産する記事から始まって、宮廷の儀式や風俗などを記しています。さらに、消息文(手紙風の文章)では、同僚の女房(和泉式部や赤染衛門など)や清少納言らへの批評などを記します。その他にも処世訓や芸術観などが見られます。
このような華やかな宮廷生活の裏で、それに馴染めない作者の苦悩が読み取れる作品です。

練習問題(一問一答&文法問題)
では、上記の内容が本当に理解できたか、実際に問題を解きながら確認してみましょう。
おわりに
今回は『源氏物語』の作者の日記『紫式部日記』「和泉式部と清少納言(同僚女房評)」を読んでいきました。『紫式部日記』は有名な女流日記文学作品です。ですので、大まかにでも内容を知っておく必要があります。
読んでいただきありがとうございます!
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