はじめに
今回は『平家物語』の一節です。多くの教科書が「忠度の都落ち」という題名で載せています。まずは、『平家物語』について知ったあとで、読解のコツをお話していきます。
『平家物語』について
まずは、『平家物語』についての説明から始めます。『平家物語』は冒頭文が非常に有名です。ぜひ声に出して読んでください。できれば暗誦してもらいたい文章ですね。
祇園精舎(ぎをんしやうじや)の鐘(かね)の声(こゑ)、諸行無常(しよぎやうむじやう)の響きあり。娑羅双樹(しやらさうじゆ)の花の色、盛者(じやうしや)必衰(ひつすい)のことわりをあらはす。おごれる人も久(ひさ)しからず。ただ春の夜(よ)の夢のごとし。たけき者も遂(つひ)には滅(ほろ)びぬ。ひとへに風の前(まへ)の塵(ちり)に同じ。
(訳)はこちら(タップで表示)
(訳)祇園精舎の鐘の音には、すべてのものは無常であるという(真理の)響きがある。(釈迦が入滅したとき白色に変じたと言われる)娑羅双樹の花の色は、盛んな者も必ず衰えるという道理を表す。おごり高ぶっている人も長くはつづかない。(それは)まったく春の夜の夢のよう(に短くてはかないもの)である。勢いが盛んな者もついには滅んでしまった。(それは)まったく(吹く)風の前の塵と同じ(ように、はかなく消えてしまうの)である。
ここからも分かるように、『平家物語』は、平家一門の盛衰を描く軍記物語(戦記物語)です。「諸行無常」、「盛者必衰」という仏教的無常観に基づいて平家の権勢の興隆もやがて衰えていくことを語っています。原作者・成立年代は分かっていませんが,13世紀の末には盲目の琵琶法師たちによって語り伝えられ、それが徐々に加筆・修正を加えられて今の形になったと考えられています。ただ、『徒然草』の中で、信濃前司行長が書いたとあります。
琵琶法師が話を語る形式のため、文章は口語体で読みやすく、音便も多く用いられています。また、現代の言葉と同じように、漢語と和語を融合させた文体です。これを「和漢混淆文」といいます。以上が簡単な『平家物語』の説明です。

「忠度の都落ち」要点・あらすじ・現代語訳〈第1回〉
古文を読解する5つのコツをお話しましょう。以下の順に確認していくと以前よりも飛躍的に古文が読めるようになるはずです。
何度も本文を読んでみて(できれば声に出して)、自分なりに文章の内容を想像してみます。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」「どのようなことを言っているか」「どのような行動をしているか」を考えていきます。

本文にどのような人物が出てきているか、確認します。紙で文章を読むときは、鉛筆などで▢をつけるとよりよいでしょう。
簡単でもよいので、誰かに「こんなお話」だと説明できる状態にします。ここでは、合っているかどうかは関係ありません。今の段階で、こんな話じゃないかなと考えられることが大切なのです。考えられたら、実際にこの項目をみてください。自分との違いを確認してみましょう。
古文を読んでいると、どうしても自力では分からない所がでてきます。ちなみに、教科書などでは注釈がありますが、注釈があるところは注釈で理解して構いません。それ以外のところで、多くの人が詰まるところがありますが、丁寧に解説しているので見てみてください。

step4とstep5は並行して行います。きっと、随分と読めるようになっているはずです。
本文を読む
何度も本文を読んでみて、自分なりに文章の内容を想像してみましょう。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」、「どのようなことを言っているか」、「どのような行動をしているか」を考えていきます。今回は特に登場人物をしっかり確認し、それぞれがどのようなことを言っているか、どのような行動をしているかを考えていきましょう。

『平家物語』は口語体のため、読みやすいですが、文章は非常に長くなります。




薩摩守(さつまのかみ)忠度は、いづくよりや帰られたりけん、侍(さぶらひ)五騎、童(わらは)一人(いちにん)、わが身ともに七騎取つて返し、五条の三位(さんみ)俊成卿(しゆんぜいのきやう)の宿所におはして見給へば、門戸を閉ぢて開かず。「忠度。」と名のり給へば、「落人(おちうと)帰り来たり。」とて、その内騒ぎ合へり。薩摩守、馬より下り、自ら高らかにのたまひけるは、「別(べち)の子細(しさい)候(さうら)はず。三位殿に申すべきことあつて、忠度が帰り参つて候ふ。門(かど)を開かれずとも、この際(きは)まで立ち寄らせ給へ。」とのたまへば、俊成卿、「さることあるらん。その人ならば苦しかるまじ。入れ申せ。」とて、門を開けて対面あり。ことの体(てい)、何となうあはれなり。
薩摩守のたまひけるは、「年ごろ申し承つてのち、おろかならぬ御(おん)ことに思ひ参らせ候へども、この二、三年は、京都の騒ぎ、国々の乱れ、しかしながら当家の身の上のことに候ふ間、疎略(そらく)を存ぜずといへども、常に参り寄ることも候はず。君すでに都を出でさせ給ひぬ。一門の運命はや尽き候ひぬ。撰集(せんじふ)のあるべき由承り候ひしかば、生涯の面目(めんぼく)に、一首なりとも御恩(ごおん)をかうぶらうど存じて候ひしに、やがて世の乱れ出で来て、その沙汰なく候ふ条、ただ一身の嘆きと存ずる候(ざうら)ふ。世静まり候ひなば、勅撰の御(ご)沙汰(さた)候はんずらん。これに候ふ巻物のうちにさりぬべきもの候はば、一首なりとも御恩をかうぶつて、草の陰にてもうれしと存じ候はば、遠き御(おん)守りでこそ候はんずれ。」とて、日ごろ詠み置かれたる歌どもの中に、秀歌とおぼしきを百余首書き集められたる巻物を、今はとてうつ立たれけるとき、これを取つて持たれたりしが、鎧(よろひ)の引き合はせより取り出でて、俊成卿に奉る。
(『平家物語』より)
場面を理解するために
このお話を理解するためには、平忠度(たいらのただのり)について知る必要があります。
平忠度は、1144(天養元)年に伊勢平氏の棟梁・平忠盛の六男として生まれました。官位は薩摩守(さつまのかみ)・正四位下に至り、武将として平家の主要な一員になります。富士川や倶利伽羅峠などの戦いに出陣しますが、1184(元暦元)年の一ノ谷の戦いで源氏の岡部忠澄に討たれ、41歳で戦死します。その際、箙(えびら)に結ばれた一首の歌が見つかり、武勇とともに歌人としての忠度の生涯を象徴する逸話として語り継がれています。
そのように、忠度は和歌の才能にも恵まれ、藤原俊成(有名な歌人・『千載和歌集』の撰者)に師事した優れた歌人でもありました。平家が都落ちした後も、俊成のもとを訪れて自作の和歌を託し、その中の一首が『千載和歌集』に「詠み人知らず」として収められています。のちの勅撰和歌集には計十一首が入集し、後世には「薩摩守忠度」として名が記されました。
今回の文章は、木曽義仲が1183(寿永二)年7月、都へ攻め上るとの知らせを聞いて、平家一門は都落ちを決意し、平家の人びとが自分たちの屋敷を焼き払って西国へと落ちて行った後から始まります。戦の話というよりは、忠度の和歌の才能と、『千載和歌集』に「詠み人知らず」で収められた経緯が今回の文章の中心になります。
『平家物語』全体の大きく内容が分かる以下のサイトを紹介しておきますので、必要に応じてご覧ください。
引用:独立行政法人 国立公文書館
※「平家都落ち」のページをリンクしていますが、「挿絵で読む平家物語」を最初(プロローグ)から読んで行くと、「平家物語」全体のおおよその流れが分かります。
登場人物の確認
- 薩摩守忠度(平忠度)→主人公
- 五条三位俊成卿(藤原俊成)
- 俊成の家の者
お話を簡単に理解(あらすじ)
- 忠度が都落ちの途中に七騎で都に引き返す
- 忠度は俊成の家に行き、名乗りを上げる
- 家のものは慌てるが、俊成は落ち着いて迎え入れる
- 忠度は俊成から和歌の指導を受けていたが、平家一門の情勢の悪化により通えずにいた
- 現状は、帝も都を出ているので平家一門の命運はすでに尽きている
- 俊成が行う勅撰和歌集の編集に際し、忠度が自分の和歌を入れてほしいと願う
- 忠度は都落ちの際、秀歌を集めた巻物を持っていったが、それを俊成に託す
- ーーー(ここから第2回)ーーー
- 俊成は忠度から受け取った巻物を開いて見る
- 忠度の思いをいい加減に扱うことはしないと約束する
- 忠度はもう思い残すことはないと俊成に別れを告げる
- 忠度は馬に乗って、西に向かって進む
- その時に、漢詩文を口ずさむ
- 世が静まった後、俊成は二人のやりとりを思い出す
- 巻物の中の和歌を一首千載集に入れるが、「読み人知らず」とする
理解しにくい箇所の解説を見る
本文を読んで自分で内容を考えていったときに、おそらく以下の箇所が理解しにくいと感じたでしょう。その部分を詳しく説明します。解説を読んで、理解ができたら改めて本文を解釈してみてください。
- 「落人帰り来たり」とて、その内騒ぎ合へり。
- さることあるらん。その人ならば苦しかるまじ。入れ申せ。
- 年頃申し承つて後、おろかならぬ御事に思ひ参らせ候へども
- その沙汰なく候ふ条
- これに候ふ巻物のうちにさりぬべきもの候はば
- 今はとてうつ立たれける時
「忠度の都落ち」読解のコツ 第2回
では、続きを読んでいきましょう。古文を読解する5つのコツをお話しましょう。以下の順に確認していくと以前よりも飛躍的に古文が読めるようになるはずです。
何度も本文を読んでみて(できれば声に出して)、自分なりに文章の内容を想像してみます。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」「どのようなことを言っているか」「どのような行動をしているか」を考えていきます。


本文にどのような人物が出てきているか、確認します。紙で文章を読むときは、鉛筆などで▢をつけるとよりよいでしょう。
簡単でもよいので、誰かに「こんなお話」だと説明できる状態にします。ここでは、合っているかどうかは関係ありません。今の段階で、こんな話じゃないかなと考えられることが大切なのです。考えられたら、実際にこの項目をみてください。自分との違いを確認してみましょう。
古文を読んでいると、どうしても自力では分からない所がでてきます。ちなみに、教科書などでは注釈がありますが、注釈があるところは注釈で理解して構いません。それ以外のところで、多くの人が詰まるところがありますが、丁寧に解説しているので見てみてください。


step4とstep5は並行して行います。きっと、随分と読めるようになっているはずです。
本文を読む
何度も本文を読んでみて、自分なりに文章の内容を想像してみましょう。特に初めて読むときは、分からない言葉があっても意味調べなどせずに読みます。分からない言葉がある中でも文章の中に「誰がいるか」、「どのようなことを言っているか」、「どのような行動をしているか」を考えていきます。今回は2回目なので、前半部の内容を思い出しながら読んでみましょう。




三位(さんみ)、これを開けて見て、「かかる忘れ形見(がたみ)を賜(たまは)り置き候(さうら)ひぬるうへは、ゆめゆめ疎略(そらく)を存(ぞん)ずまじう候(さうら)ふ。御(おん)疑ひあるべからず。さてもただ今の御(おん)渡りこそ、情けもすぐれて深う、あはれもことに思ひ知られて、感涙(かんるい)おさへがたう候(さうら)へ。」とのたまへば、薩摩守(さつまのかみ)喜んで、「今は西海(さいかい)の波の底に沈(しづ)まば沈(しづ)め、山野(さんや)にかばねをさらさばさらせ。浮き世に思ひ置くこと候(さうら)はず。さらばいとま申(まう)して。」とて、馬にうち乗り、甲(かぶと)の緒(を)を締(し)め、西(にし)をさいてぞ歩(あゆ)ませ給(たま)ふ。三位(さんみ)、後ろをはるかに見送(みおく)つて立(た)たれたれば、忠度(ただのり)の声とおぼしくて、「前途(せんど)程遠(ほどとほ)し、思ひを雁山(がんさん)の夕(ゆふ)べの雲に馳(は)す。」と高らかに口ずさみ給(たま)へば、俊成(しゆんぜいの)卿(きやう)、いとど名残(なごり)惜(を)しうおぼえて、涙(なみだ)をおさへてぞ入(い)り給(たま)ふ。
そののち、世(よ)静まつて、『千載集(せんざいしふ)』を撰(せん)ぜられけるに、忠度(ただのり)のありしありさま、言ひ置きし言(こと)の葉(は)、今さら思ひ出(い)でてあはれなりければ、かの巻物(まきもの)のうちに、さりぬべき歌いくらもありけれども、勅勘(ちよくかん)の人なれば、名字(みやうじ)をばあらはされず、「故郷(こきやう)の花」といふ題にて詠(よ)まれたりける歌一首(いつしゆ)ぞ、「詠(よ)み人(びと)知らず」と入(い)れられける。
さざなみや志賀(しが)の都(みやこ)は荒(あ)れにしを昔ながらの山桜(やまざくら)かな
その身(み)、朝敵(てうてき)となりにしうへは、子細(しさい)に及(およ)ばずといひながら、うらめしかりしことどもなり。
(『平家物語』より)
登場人物の確認
・薩摩守忠度(平忠度)→主人公
・五条三位俊成卿(藤原俊成)
お話を簡単に理解(あらすじ)
・俊成は忠度から受け取った巻物を開いて見る
・忠度の思いをいい加減に扱うことはしないと約束する
・忠度はもう思い残すことはないと俊成に別れを告げる
・忠度は馬に乗って、西に向かって進む
・その時に、漢詩文を口ずさむ
・世が静まった後、俊成は二人のやりとりを思い出す
・巻物の中の和歌を一首千載集に入れるが、「読み人知らず」とする
理解しにくい箇所の解説を見る
本文を読んで自分で内容を考えていったときに、おそらく以下の箇所が理解しにくいと感じたでしょう。その部分を詳しく説明します。解説を読んで、理解ができたら改めて本文を解釈してみてください。
⑦ゆめゆめ疎略を存ずまじう候ふ。
⑧俊成卿いとど名残惜しうおぼえて、涙をおさへてぞ入り給ふ。
⑨さざなみや志賀の都は荒れにしを昔ながらの山桜かな
おわりに(テスト対策へ)
今回は、『平家物語』「忠度の都落ち」についてお話しました。一通り学習を終えたら、今度はテスト対策編もご覧ください。
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